Derek Brewer教授追悼シンポジウム

日本中世英語英文学会第25回全国大会

於 慶應義塾大学日吉キャンパス

第2日 11月29日(日)10:00-12:30

シンポジウムII(DB201教室)

‘Gothic’ と現代―Derek Brewer教授の業績を称えて(‘Gothic’ and Modern: In Memoriam Derek Brewer)

司会 髙宮利行(慶應義塾大学名誉教授)(Toshiyuki Takamiya, Professor Emeritus, Keio University)

Derek Brewer教授(1923-2008)は多くの顔をもつ稀有な英文学者であった。一般には、Chaucer学者、Brewer出版社を創設した経営者、Emmanuel CollegeのMasterとして知られる。しかし同時に、OxfordでTolkien とC.S. Lewisの謦咳に接し、ICUで2年間教え、詩作をよくし、100以上の各種委員会を主宰し、Mythographyの研究に没頭し、すぐれた蔵書を構築した。エリザベス夫人とともに5人の子供を育て上げた家庭人でもあった。教授夫妻の死は欧米の学界関係者だけでなく、ICU, Birmingham, Cambridgeなどでお世話になった日本人からも惜しまれた。KalamazooやLeedsの国際中世学会では追悼セッションが組まれ、創刊から編集顧問を務めたPoeticaは追悼特集号を組んでいる。

本シンポジウムでは、Brewer教授の中世英文学研究への貢献を称えると同時に、日本におけるBrewer教授や日本人学者とBrewer教授との関係にも焦点を当てたい。在りし日の教授の姿を偲ぶよすがとなれば幸いである。

「Brewer教授のGothic Chaucer」(Gothic Chaucer: The Legacy of Professor Brewer’s Chaucer Criticism)

小林 宜子(東京大学大学院総合文化研究科・准教授)(Yoshiko Kobayashi, Associate Professor, University of Tokyo)

本報告は、1953年にChaucerを上梓したBrewer教授が、その後、同書に加筆修正を重ね、チョーサーに関する新たな論考を発表するなかで、チョーサー作品への理解をどのように深化させていったかを辿るとともに、その一連の論考を20世紀半ば以降のチョーサー研究の流れの中に位置づけ、その意義を再評価しようとする試みである。Brewer教授は14世紀後半のイングランドを多元的な社会と捉え、そうした社会の中に生きたチョーサーの作品の中にも、宮廷や教会の権威に裏打ちされた公式の文化と非公式の文化が緊張関係を保ちながら共存し、実生活に根差した新たな詩的表現への渇望が伝統への依拠と複雑に交錯しあう、複眼的で曖昧で矛盾に満ちた「ゴシック」的構造を見出している。チョーサーを新古典主義やロマン派の作家たちと対比させ、写実主義の概念では読み解くことのできないチョーサーの詩の「ゴシック」性に着目したBrewer教授の解釈は、どのような批評的立場に立ち、いかなる地平を切り拓いたのか。そのことを振り返りつつ、Brewer教授の功績が今日のチョーサー研究に対して持つ意味についても併せて考察したい。

「MaloryとBrewer教授の仕事」(Professor Brewer’s Achievements in Malory)

向井 毅(福岡女子大学教授)(Tsuyoshi Mukai, Professor, Fukuoka Women’s University)

Brewer教授の仕事の始まりはEssays on Malory (1963)に所収の‘The hole book’であるが、後に展開される一連のMalory論は1968年に出版された The Morte Darthur: Parts Seven and Eight (Edward Arnold)の「序文」にその議論の萌芽をみることができる。大論争となった「構造上の統一性」に関しては、Lumianskyら(1964)の近代的「ユニティ観」とは異なり、‘Gothic unity’と名付けた中世に固有の概念を導入することにより、Maloryの矛盾を孕む統一性を説明したBrewer教授の理論は創意に満ちている。また、新古典主義的文学観に立つAscham(1570)らの作品批判に対しても‘archaic mind’という心の有り様を想定し、作品受容のための歴史的コンテクストを立てた。さらには、Maloryの言語表現を‘ceremonious’として分析する道をひらき、日本の武士道にも通じる恥と名誉の観点から人物や作品を解釈する可能性も示した。

Brewer教授には、作品のコンテクストとして説得力ある独自の概念を構想し、作品を歴史化、社会化する作業を通して、巧に異論や論争を和すところがある。Brewer教授の学問の一端をMalory研究を通して紹介してみたい。

「Symbolic StoriesとBrewer教授の創作詩」(Symbolic Stories and Brewer’s English Poems)

髙宮利行(慶應義塾大学名誉教授)(Toshiyuki Takamiya, Professor Emeritus, Keio University)

Brewer教授は、新古典主義の文学観が支配した19世紀以降の文学研究では、とかく昔話、御伽噺、ロマンス類は蔑まれてきた状況に不満を抱いた。そして、1970年代に大学での講義を通して、作者不詳の伝統的な文学を復権させるべく、精神分析学や文化人類学の研究方法を援用しながら、作品の分析に迫った。その結果、ヨーロッパに伝わる作者不詳の作品には、場合によっては作者が明らかな作品でも、若い主人公の自立が深層構造に隠された筋立てが多く、それは主人公の性別によって異なるという見解を打ち出した。1980年に本書がSymbolic Stories: Traditional Narratives of the Family Drama in English Literatureとして出版されると、一部からはかなりの批判を浴びたが、Brewer教授の創見はその後次第に認められるに至った。

Brewer教授は詩作をよくし、学生時代には総長賞、また研究者となってからも次々と受賞するようなすぐれた英詩を発表した。後年にまとめられた詩集には、アーサー王関係の主題を謳った詩も含まれており、恩師C. S. Lewisの詩と同様に、今後注目されるであろう。

略歴

髙宮利行 慶應義塾大学文学部教授を経て2009年名誉教授。日本中世英語英文学会の編集委員長、評議員、会長を歴任、国際アーサー王学会日本支部会長、Poetica編集長、Sheffield大学文学名誉博士、「本のある時間」編集長

小林宣子 東京大学大学院総合文化研究科・准教授、慶應義塾大学文学部講師。日本中世英語英文学会評議員

向井 毅 長崎大学講師・助教授、鳴門教育大学教授を経て、福岡女子大学教授。日本中世英語英文学会評議員、副会長を歴任